こんにちは.高山です.
前回の投稿から大分間が空いてしまいました(^^;).
別にブログに飽きたからではなく,他の仕事だったり,手話に関する調べ物をしていたら論文を山程読む羽目になったりと少しドタバタしていました.
調べ物の過程で,そういえば手話関連の語彙,特に "手話" という語彙が意味するところをあまり深く考えず使用していたことに気づきました.
そこで今回は "手話" という語彙について調べて気づいたことなどを話したいと思います.
更新履歴 (大きな変更のみ記載しています)
- 2024/09/18: カテゴリを変更しました
- 2024/09/17: タグを更新しました
- 2023/12/06: 第3節を追記しました.
1. 一般用語の "手話" について
手話に関する用語は少し混沌としている状況 (少なくとも高山にとっては) です.
例えば,"手話"という語は複数の意味が混在して用いられています [末森'17, ろうあ連盟'20].
- ろう者が主に使用する,手の形,位置,動きをもとに,表情等も活用する独自の文法体系を持つ視覚言語
- (何らかの文法構造を持った) 身体的表現によるコミュニケーション方法
現在のところ,1 については日本手話 (Japanese Sign Language: JSL) という用語が用いられています.
2 についてはコミュニケーション方法毎に様々な名称が混在しています.
1例としては,JSLの単語や指文字を日本語の語順にあてるコミュニケーション方法を,日本語対応手話 (Signed Japanese, Manually Coded Japanese) と呼ぶ場合が多いように感じます.
現状をまとめてみると,図1のようになると思います.
この状況をどのように是正するべきか,ろう者の当事者団体である全日本ろうあ連盟の文書 [ろうあ連盟'20, ろうあ連盟'18] を読む限りでは,
- "日本手話","日本語対応手話"のような "〇〇手話" という呼称は用いない
- 1 については " (日本) 手話言語" と呼ぶ
- 2 については "身体的表現によるコミュニケーション = 手話" とし,日本語を手指で表現する場合は "日本語の手話" などのように表す
という見解に感じます.
整理すると図2のような感じでしょうか.
要点としては,"言語 + 表出手段 -> 〇〇言語" のような固有名詞を与えると,誤解の元になるのでやめましょうということだと思います.
(高山の理解です.違っていたらご指摘いただけると幸いです.)
今後どのような形で定着していくにしても,手話関連の用語は注意して用いる必要があると感じました.
- [末森'17]: 末森明夫,"自然科学と聾唖史," 手話による教養大学の挑戦,斉藤くるみ (編),pp.241-284,ミネルヴァ書房,2017.
- [ろうあ連盟'20]: 一般財団法人全日本ろうあ連盟,"「手話の捉え方」について," available here,2020.
- [ろうあ連盟'18]: 一般財団法人全日本ろうあ連盟,"日本手話言語法案 修正案," available here,2018.
2. 技術用語で用いる際の "手話" について
では,"手話認識 (sign language recognition: SLR)" や "手話翻訳 (sign language translation: SLT)" などの技術用語における "手話 (sign language)" はどういう状況か,改めて考えてみました.
実態としては,そもそも 1節で上げたような問題はあまり認識されておらず,かなり曖昧に用いられていたり,誤用が多いのが現状に思えます.
例えば [Coster'23] では"指文字認識 (finger spelling)" や "手話認識" を,"手話翻訳" と混同している例などが報告されています.
他には,データセットの収集効率上の制約や,技術上の制約から来ている事情もあります.
一般的に機械学習アルゴリズムを開発するには,多量のアノテーション付きデータセットが必要です.
そこから,手話認識などのデータセットは"(簡単に) 動作ラベルのアノテーションが可能な手話要素","手話学習者で代替可能な手話表現"が好まれる傾向があります.
結果としてこのようなデータセットは "manually coded language" [Wiki'23] になっている可能性が高いのですが,開発したアルゴリズムは "SLR" の呼称が用いられています.
(1節の 2 に近い意味合いでとれますが,単純に気づいていないだけの可能性が高いです)
研究スコープが適切に設定されていれば,アルゴリズムの研究開発の本質的な問題にはならないとは思います.
ただし,これらのデータセットを後続の研究開発者が見て "手話,手話言語とはこういうもの" という誤解が広まっていく懸念はあります.
このような状況に対する批判,是正しようという提案も少しずつ出てきています [Coster'23, Bragg'19, Meulder'21].
正直なところ,現状では理想論に感じますが,研究ガイドラインとして参考にすべき点も多いです.
高山も一層注意して研究開発に取り組まなくてはと猛省しているところです.
- [Coster'23]: M. D. Coster et al., "Machine Translation from Signed to Spoken Languages: State of the Art and Challenges," Univ. Access Inf. Soc., available here, 2023.
- [Wiki'23]: Wikipedia, "Manually Coded Language," available here, 2023.
- [Bragg'19]: D. Bragg et al., "Sign Language Recognition, Generation, and Translation: An Interdisciplinary Perspective," Proc. of the ASSETS, pp.16-31, available here, 2019.
- [Meulder'21]: M. D. Meulder, "Is "Good Enough" Good Enough? Ethical and Responsible Development of Sign Language Technologies," Proc. of the 1st International Workshop on AT4SSL, pp.12-22, available here, 2021.
3. 当サイトでの語彙"手話"の使い方について
当サイトでは,基本的に下記のような方針で "手話" という語彙を用いていこうと思っています.
一般用語については,基本的には第1節で説明したような記述を用います.
- 日本手話 -> 日本手話言語 (Japanese Sign Language)
- 日本語対応手話および他の日本語身体表現 -> 日本語の手話 (Signed Japanese, Manually Coded Japanese)
ただし,歴史的な事項を述べる場合など,必要な場合は文脈に応じて固有名詞を用います.
技術用語については,従来どおり "手話認識 (Sign Language Recognition)," "手話翻訳 (Sign Language Translation)" などの用語を用います.
これは,現在のデータベースや技術的な制約から "手話言語認識," "手話言語翻訳" と呼べるものが存在しないためです.
上記はあくまで現時点の高山の考えになります. 今後の状況変化や認識の変化にあわせて更新していこうと思っています.
今回は手話関連の単語,特に "手話" という語彙に関して調べて気づいたことを紹介しましたが,如何でしたでしょうか?
調査の過程で,手話学に関する論文や手話関連の研究開発に関する批判系の論文を大量に読むことになり,かなり勉強になりました.
(その分,自分の研究に対して色々と向き合うことになってしまいました(^^;).)
手話に関する研究開発は何かとセンシティブな分野です.
新しく手話関連の研究開発を始める方は,技術開発に入る前に少し時間をかけて分野の把握に務めることをお勧めします.
今回紹介した話が,これから手話関連の研究開発を始める方に,何かご参考になれば幸いです.